分子動力学法による固体表面上の気泡核生成

木村 達人(現:神奈川大学特別助手)

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上下面を固体壁面で挟まれ, 4 方の側面を周期境界条件とした Lennard-Jones 液体(5488 個)を考える (Fig. 1) .

Fig. 1
Fig. 1

物理的な理解の為に液体分子はアルゴンと仮定し, Lennard-Jones ポテンシャル

f (r ) = 4e {(s / r )12 - (s / r )6}

のパラメーター, 質量はアルゴンの値を用いる. 壁面分子とアルゴンとのポテンシャルも Lennard-Jones ポテンシャルで表現し, 下壁面のエネルギーのパラメーターeINTを変化させ, 下壁面のぬれ易さを変化させた (Table 1参照) .

LabeleINT
(x10-21J)
e*SURFqDNS
(deg)
qPOT
(deg)
P20.4671.86104.5102.1
P30.6102.4275.775.7
P40.7522.9938.237.3
Table 1

壁面は fcc <111> 面のバネマス分子3層 (1 層 1020 個) とし, 質量, 最近接分子間距離, バネ定数はそれぞれ白金の値を用いた. 最も外側の3層目の壁面分子には温度一定のボルツマン分布に従う phantom 分子を配置し, 一定温度に保たれた熱浴を擬似的に実現した.

初期条件として計算領域の中央にアルゴン分子を fcc 構造で配置し, 500 ps まで計算して平衡状態のアルゴン液体で系を満たした. その後, 上面壁面を徐々に上方に移動させ, 系の体積を拡げていくと, 圧力が減少し, 一定時間後に最小値を示し, ここから回復に向かう. おおよそこの時点で気泡核が下部壁面に発生し, その後は成長している.

気泡が適度な大きさになったところで系の拡張を止め, 体積一定の条件で 500 ps 計算した時の二次元密度分布 (Fig. 2), ポテンシャル分布 (Fig. 3) を求めた.

h[Å]Fig. 2-P2Fig. 2-P3Fig. 2-P4color bar
P2P3P4
Fig. 2
h[Å]Fig. 3-P2Fig. 3-P3Fig. 3-P4color bar
P2P3P4
Fig. 3

この密度分布, ポテンシャル分布の等高線から見かけの接触角qDNS, qPOTを求め, 一次元壁面ポテンシャルの深さe*SURFによって整理した結果, 固体壁面に接触する液滴のシミュレーションの結果とほぼ一致し, 接触角がe*SURFと直線関係になっていることが確認できた (Fig. 4).

Fig. 4
Fig. 4

気泡核生成の様子を可視化するため, セル内に約 2 Å間隔の格子点をとり, 各時間において, その各格子点から 1.2 sARの距離に分子が存在しない点を表した (Fig. 5 (c)). 中心部分を可視化した Sliced View (Fig. 5 (b)) と比較すると, 気泡の領域がこの点の集合で表現できることが分かる.

Fig. 5 (a)Fig. 5 (b)Fig. 5 (c)
(a) Full View(b) Sliced View(c) Void View
GIFアニメーション(598KB)
Fig. 5

Fig. 6 に各計算における気泡核生成に至るまでの様子を示す.

Fig. 6 P2Fig. 6 P3Fig. 6 P4
P2P3P4
Fig. 6

小さな空洞が空間的にランダムな位置に生じてはつぶれていくということを繰り返し, 格子点の数で 100 個程度の大きさ (等価半径約 10 Å) まで成長することができた空洞が, つぶれず安定的に気泡と呼べる状態に成長する様子が観察できた.

次に各計算における圧力と最大空洞の大きさ (格子点数) の時間変化を Fig. 7 に示す. なお×印と印は空洞サイズが 100 を越えて安定気泡といえるサイズになった点である.

Fig. 7
Fig. 7

ぬれにくい面 P2 では空洞が徐々に大きくなって気泡となっているように見えるが, 実際は P3 と同様, 空洞サイズが 100 を越えるまでは別々の気泡が出現しては消滅するということを繰り返している.ぬれやすい面 P4 では, 一気に気泡発生に至っている様子が分かる.

圧力と温度の変化を Lennard-Jones 流体の状態方程式から計算された Spinodal 曲線とともに Fig. 8 に示す. 下の Spinodal 曲線が液体としての存在の限界を示しており, 分子動力学法においてもこの曲線より上で発泡するとされている. なお×印は Fig. 7 と同様空洞サイズが 100 を超えた点であり, 印は Kinjo らによる均質核生成の分子動力学法計算の結果, NE2, NE3, NE4 は固定壁面での結果である.

Fig. 8
Fig. 8

上からほぼ温度一定の条件で圧力を下げていくと, eINTが小さいほどより Spinodal 曲線から離れた点で圧力が回復に転じ, 大きくなるとその点が Spinodal 曲線に近づいていくことが分かる. これは壁面がぬれやすいほど固気界面を形成するのに大きなエネルギーを要するために気泡が発生しにくいためである.