「東京テクノ・フォーラム21」 ゴールド・メダル3氏の業績=特集
2004.04.20 東京朝刊 17頁 写有 (全4490字)


写真=丸山茂夫氏

読売・日本テレビ文化センターの「東京テクノ・フォーラム21」(代表=滝鼻卓雄読売新聞東京本社代表取締役社長・編集主幹)が、気鋭の新進研究者に贈る「ゴールド・メダル賞」の今年の受賞者が決まり、東京都内で授賞式が開かれた。生命科学や材料開発などの先端分野で期待がかかる受賞者3氏の業績と、授賞式での小泉英明・日立製作所役員待遇フェローの記念講演を紹介する。

《記念講演》
◇小泉英明氏
◆脳の謎に迫る先端科学
生命の進化の重要な情報を担ってきたのは遺伝子だが、脳など中枢神経系の機能構築には生後の環境も大きくかかわっていることが、最近の研究でわかってきた。神経細胞同士の接続部(シナプス)は遺伝子の情報で作られるが、その後に環境からの刺激で環境に適応した形で刈り込まれる。これが学習。教育はその刺激を補完する。人間でも空間認知や視覚で、環境から大きな影響を受ける「臨界期」がある。脳機能発達の視点で学習、教育を見直す時期にきている。これは早期教育を奨励するというより、人間の本質を探るためだ。単なる知識ではない意志の力など、成長期に必要な環境を探るのも重要だ。文部科学省は二〇〇一年から、世界に先駆けて「脳科学と教育」研究計画を進めている。経済協力開発機構でも研究チームを作り、国際的にも必要性が注目されている。脳研究は近年、体を傷つけない脳機能計測法の開発で大きく進歩した。我々が開発した脳の活動状態を光で計測する装置「光トポグラフィー」は、新生児でも計測可能で、心の状態を知るのに役立つ。テレビアニメを見ていた子供たちが倒れた一九九七年の「ポケモン騒動」の原因究明や、新生児でも母国語に反応するなどの新発見もある。意識がないように見える筋委縮性側索硬化症(ALS)の患者でも、家族の語りかけに脳が反応しており、反応の仕方を使って対話もできた。脳の視点から、言語や情動といった形而上(けいじじょう)の世界を明らかにできる時代。簡単ではないが、将来は意識下の心も探れるかもしれない。憎しみの連鎖をどう断ち切るか、といった情動の問題にも科学で取り組んでいかねばならない。ノーベル賞学者のキュリー夫妻の夫、ピエールは「科学技術の善悪はそれを使う者の人間性にかかっている」と言った。技術を使いこなせる人間性が先にあるべきだ。人材育成こそ日本の将来に必要だ。
◇こいずみ・ひであき 日立製作所役員待遇フェロー
東京大学教養学部卒。日立製作所基礎研究所長などを経て現職。57歳。

◇山中伸弥氏
◆ES細胞操る遺伝子発見
「初期胚の分化や腫瘍形成を調節する因子の発見と再生医療への応用」
病気やけがで、傷ついたり失われたりした細胞や臓器の代わりに、新しい細胞などを移植して機能回復を目指す再生医療。その切り札として期待を集めるのが胚(はい)性幹細胞(ES細胞)だ。通常の細胞は、皮膚なら皮膚と決まったものになるだけで、細胞分裂できる回数も限られている。ところが、受精卵から作られるES細胞は、神経や筋肉など様々な種類の細胞に分化し、試験管の中で無限に増やすこともできる。これを使えば様々な治療が可能になると期待される。このES細胞で働き、様々に分化する能力(多分化能)と増殖能力のカギを握る二つの遺伝子をマウスの実験で発見した。その一つ、Nanogは、細胞を未分化な状態に保ち多分化能を維持するのに欠かせない遺伝子。この働きを阻害すると、ES細胞は様々な細胞に分化する力を失う。一方、ERasは、がん遺伝子にも似た働きがあり、ES細胞が増殖するように信号を送り続ける。ES細胞は、そのまま移植すると、暴走してがんのような腫瘍(しゅよう)を作る恐れがあるが、ERasの働きを制御することで、こうした危険を回避できると期待される。ES細胞を作るには、受精卵を壊さねばならず、拒絶反応を避けるためにはクローン技術が必要など、臨床応用に向けて倫理面が最大の障害になっている。Nanogを上手に使って、患者自身の皮膚や骨髄の細胞から、ES細胞のように多分化能を持った細胞を作ることができれば、倫理問題も克服できる。整形外科の研修医時代、リウマチで苦しむ患者に、痛み止めなどの対症療法しかできなかった苦い経験が、基礎研究を志すきっかけだった。米国留学中、動脈硬化の研究でたまたま見つけた遺伝子が、細胞の分化にかかわっていることがわかり、ES細胞研究に飛び込んだ。「学問的に面白いだけでなく、実際の治療にも役立つ研究をしたい」と語る。探し求めていたテーマに出合い、海外のチームとも連携しつつ研究を進める。ホットな分野だけに協力ばかりではない。「世界中で競争して切磋琢磨(せつさたくま)する中で、臨床応用の道が開けてくるはず」。目はしっかり先を見据えている
◇やまなか・しんや 奈良先端科学技術大学院大学 遺伝子教育研究センター教授
神戸大医学部卒。1993年大阪市立大大学院博士課程修了。米グラッドストーン研究所博士研究員、奈良先端科学技術大学院大助教授などを経て、2003年から現職。41歳。

◇岡野栄之氏
◆傷んだ神経の再生に光
「成人脳における神経幹細胞の同定とそれを用いた中枢神経系の再生に関する研究」
心を生み出し、体の動きから五感まで支配する脳。そこで働く神経細胞は、人間では約一千億個あり、青年期を過ぎると毎日十万個ずつ死んでいくとされる。長い間、成人になると神経細胞は新しく増えないと信じられていた。その“常識”はここ十年で大きく様変わりした。岡野教授は、人間でも、脳の中央付近にある空洞「脳室」の周囲には、まだ神経細胞に分化していない、おおもとの細胞(神経幹細胞)があることを一九九八年に突き止めた。神経幹細胞を増やせれば、壊れた神経を再生させることができる――。脊髄(せきずい)損傷やアルツハイマー病、パーキンソン病など神経細胞が壊れて発症する病気の治療法開発への期待が一挙に高まった。国内で約十一万人の患者がいる脊髄損傷。その治療法を開発することは、二十七年前に医学部に入学した時からの大きな夢だ。高校生の時、黎明(れいめい)期を迎えていた生命科学に神秘性を感じた。「これから面白くなりそうだ」研究者になる夢を胸に医学部に入学。一歳の時に亡くした父親の恩人に報告しに行くと、脊髄損傷患者のその男性から「一生懸命勉強して、将来僕のような患者を治してくれよ」と激励された。十八歳の青年に、その言葉は胸にずっしりと響いた。在学中、母親をがんで亡くし、医学の無力さを痛感する。「医学には基礎的な研究成果が不足している。やはり基礎固めだ」と決意した。米ジョンズ・ホプキンス大留学を契機に、ショウジョウバエを調べて、生命活動の根源を担う分子RNA(リボ核酸)に結合するたんぱく質ムサシを発見。人間にもある「ムサシ」は、神経幹細胞を幹細胞のまま維持する役割を持つことも明らかにした。中絶胎児の神経幹細胞を増やしてサルの損傷した脊髄に移植し、治療効果を出すことにも成功。しかし「これからが正念場。人間に応用するには、有効性や安全性などを十分明らかにする必要がある」。安易に臨床応用することにはあくまで慎重だ。約五十人からなる研究室は、分子レベルから臨床研究まで幅広い分野の専門家が集まり、融合研究を進める。「病気になるのも治るのも生命現象。突き詰めて調べれば必ず分かる」。これが持論だ。
◇おかの・ひでゆき 慶応義塾大学医学部生理学教室教授
慶応義塾大医学部卒。同大医学部助手、筑波大教授、大阪大教授などを経て2001年から現職。03年から慶応大の21世紀COEプログラム拠点リーダー。45歳。

◇丸山茂夫氏
◆ナノチューブ量産に道筋
「アルコールを用いた単層カーボンナノチューブの低温合成法の開発と応用」
網目状に並んだ炭素原子の筒、カーボンナノチューブは、太さわずか一―百ナノ・メートル(ナノは十億分の一)。これほど微細でも強靭(きょうじん)で、優れた性能を持つ期待の新素材だ。チューブには、炭素原子層が複数のものと一枚のものがある。特に、単層チューブは導電性の「多層」と異なり、原子の配列次第で電気を通したり、半導体にもなるため、幅広い利用法が見込まれる。この単層チューブを高純度で量産する方法を開発、受賞につながった。「カーボンナノチューブは日本人による世界に誇れる発見。日本はもっと力を入れるべきだ」。柔らかな口調の純朴な人柄だが、この言葉には力をこめた。次世代の大型テレビ画面として開発が進むフィールド・エミッション・ディスプレー(FED)の電子素子や、超薄型パソコン画面用のトランジスターでの利用が見込まれる単層チューブ。光を吸収する性質を生かした光通信用部品としても有望だ。米仏なども単層の開発に力を入れているが、従来の製造法では不純物が多かったり、多層が混ざったりするという難点があった。問題を解決したのは二〇〇一年のことだった。当時、表面に小さい穴が無数にあいた素材ゼオライトの粉末に、アルコールで溶かした金属触媒をまぶし、乾燥後に炭素を加えながら電気炉で加熱する「単層」の製造方法を研究していたが、できるのは「多層」ばかり。ある日、ゼオライトの表面に、高品質の単層チューブができていた。調べると、加えた炭素ではなく、粉末に付着したアルコールの炭素成分を原料に、チューブが作られていた。これが触媒とアルコールを反応させる独自の技術を生み出し量産に道を開いた。機械工学畑の出身で、壁やパイプなどへの熱の伝わり方の研究で博士号を取った。だが留学先がフラーレン(球状炭素分子)研究の第一人者、米ライス大学のスモーリー教授の研究室だったことが、この分野に入る契機となった。まだ研究は途上だ。製造段階で用途ごとにチューブの原子配列や太さをそろえることが実用化には必要だ。原子配列を光で区別する手法も開発にこぎつけた。「実用化は数年以内、遠い将来ではない」と自信を見せる。
◇まるやま・しげお 東京大学大学院工学系研究科助教授
東京大工学部舶用機械工学科卒。1988年同大大学院工学系研究科機械工学博士課程修了。米国ライス大客員研究員などを経て、93年から現職。44歳。

〈選考委員〉 土方武・住友化学工業、日本たばこ産業相談役、渡辺格・慶応大名誉教授、石井威望・東京大名誉教授、滝鼻卓雄・読売新聞東京本社代表取締役社長・編集主幹
〈協力会員〉 旭化成、味の素、石川島播磨重工業、荏原製作所、関西電力、科学技術振興機構、協和発酵工業、九州電力、三共、UFJ銀行、資生堂、清水建設、住友化学工業、大成建設、大日本インキ化学工業、中外製薬、電源開発、東京ガス、東京電力、東北電力、トヨタ自動車、日本製紙、日本たばこ産業、バイオフロンティアパートナーズ、S・E・A(セア)、富士通、北海道電力、三井化学、三井住友海上火災保険、三菱化学、三菱重工業、三菱電機、理化学研究所、青森県、茨城県、川崎市
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