東京テクノ・フォーラム21 大阪講演会 生命と情報=特集
2004.10.15 大阪朝刊 29頁 写有 (全3484字) 


  「東京テクノ・フォーラム21」(代表=滝鼻卓雄・読売新聞東京本社社長・編集主幹、事務局=読売・日本テレビ文化センター内)の大阪講演会〈生命と情報〉が九月二十二日、大阪市北区の読売大阪ビルで開かれた。同フォーラムが、創造的な成果をあげた若手研究者に贈る「ゴールド・メダル賞」の本年度受賞者三人が成果を報告。山中伸弥・京都大再生医科学研究所教授が「万能細胞が孕(はら)む腫瘍(しゅよう)形成の克服」、岡野栄之・慶応義塾大医学部教授が「神経再生」、丸山茂夫・東京大大学院工学系研究科助教授が「アルコールからつくるカーボンナノチューブ」のテーマで講演した。参加者は興味深そうに聞き入った。
■神経再生
◇岡野栄之氏(慶応義塾大医学部教授)
◆神経幹細胞移植し機能回復
成体の中枢神経系(脳・脊髄(せきずい))の細胞は損傷すると、再生しないと考えられていた。しかし、血液系に血液のもとである幹細胞があるように、神経系にも幹細胞があることがわかってきた。
そのきっかけが、ショウジョウバエを使った研究で発見し、「ムサシ」と名付けたたんぱく質だ。ショウジョウバエからヒトまで多くの生物が持つムサシには、神経幹細胞を幹細胞のまま維持する機能がある。ムサシを手がかりに、成人の脳内に神経幹細胞が存在することを一九九八年、世界で初めて突き止めた。
神経幹細胞を使った神経系の再生が可能かどうかを調べるため、頚椎(けいつい)を損傷させて前足にマヒを起こさせたラットに神経幹細胞を移植した。すると、空洞だった患部に神経細胞やグリア細胞が修復され、前足の運動機能がかなり回復した。
さらに、脊髄を損傷させたサルに、ヒトの神経幹細胞を移植した。木の枝を見せると、つかもうとする習性を利用して握力を測定した結果、正常の70%近く程度まで回復させることに成功。自発的な運動の能力も同程度に回復した。
ただ、いつ移植するかのタイミングが大事だ。ラットでは損傷直後でも時間がたち過ぎても、うまくいかず、損傷後九日目が最適だった。損傷後かなり経過した場合には、どんな移植法がよいかを研究している。
ヒトの神経幹細胞の移植を臨床応用するには、非常にクリーンな条件下で増殖させる〈神経幹細胞バンク〉が必要だ。このバンクは現在、慶応義塾大学病院と国立病院機構大阪医療センター(大阪市)、産業技術総合研究所関西センター(兵庫県尼崎市)にある。我々の共同研究グループは、百日間で百万倍に増やせる技術を確立している。
脊髄損傷など神経細胞が広範に傷害を受けたケースには神経幹細胞の移植が有効だが、アルツハイマー病やパーキンソン病など神経変性疾患のモデル動物にはES細胞の移植が効果的だ。マウスのES細胞から、ドーパミンを分泌する神経細胞をつくり、移植するとパーキンソン病の症状が見事に消えた。
今後はヒトの神経幹細胞やES細胞を活用し、従来は手の施しようがなかった疾患を何とか治療したい。

慶応義塾大医学部卒。筑波大教授、大阪大教授などを経て2001年から現職。03年から慶応大の21世紀COEプログラム拠点リーダー。04年東京テクノフォーラム21ゴールド・メダル賞受賞。45歳。
■万能細胞が孕む腫瘍形成の克服
◇山中伸弥氏(京都大再生医科学研究所教授)
◆がん類似遺伝子破壊が有効
近年、日本でも移植医学が発展したが、移植が必要な患者数に対応する十分な臓器を確保するのは難しい。今、最も期待されている再生医学は、病気やけがで傷ついた細胞や臓器の代わりに、新しい細胞などを移植して機能回復を目指す。
その切り札が胚(はい)性幹(ES)細胞だ。受精卵から作られるES細胞は、試験管の中で無限に増やすことができ、神経や筋肉など様々な種類の細胞に分化する能力を持つ。これを使えば、糖尿病や心筋こうそくなど様々な病気の治療が期待できる。患者の体細胞からの核移植で作ったES細胞なら、移植しても拒絶反応を起こさない。
ただ、ES細胞にはヒトの受精卵を利用することなどの倫理面だけでなく、実用面での問題点もある。ES細胞をそのまま移植すると、腫瘍を形成する危険性がある。その仕組みは多くの研究者にとってナゾで、腫瘍化の防止はES細胞利用の課題だった。
私たちの研究グループはES細胞でがん遺伝子に似た働きをする「ERas」を見つけた。ES細胞だけで働く遺伝子のなかで、Rasと呼ばれる代表的ながん遺伝子と遺伝情報の並び方が非常に似たものを見つけ、ESの「E」からERasと名付けた。
正常マウスの皮膚細胞で、ERasを人工的に働かせると、異常増殖を起こし大きな腫瘍ができた。一方、ERasを壊したES細胞を作り、マウスに注射すると、ほとんど腫瘍ができないことがわかった。この時、神経や筋肉などの細胞に変化するES細胞の「万能性」に変化はなかった。
ERasなどの基礎研究を進めることで、ES細胞の欠点を抑え、優れた面を引き出して治療に応用する道を探っていきたい。
ES細胞の万能性のカギを握る遺伝子「Nanog」もマウスの実験で見つけた。細胞からNanogを除くと万能性が失われた。
倫理面で大きな障害がある受精卵や体細胞クローンの技術を使わずに、Nanogをうまく使って、患者自身の皮膚や骨髄の細胞から、万能性を持った細胞を作ることができないか。それが大きな目標だ。

神戸大医学部卒。米グラッドストーン研究所博士研究員、奈良先端科学技術大学院大助教授、同教授などを経て2004年10月から現職。04年東京テクノフォーラム21ゴールド・メダル賞受賞。42歳。
■アルコールからつくるカーボンナノチューブ
◇丸山茂夫氏(東京大大学院 工学系研究科助教授)
◆低温で簡単に高純度実現
炭素原子の配列には、ダイヤモンドとグラファイト以外に、原子がサッカーボール状に並んだフラーレンと、網目状の筒であるカーボンナノチューブがある。
カーボンナノチューブはナノテクノロジーを生み出した新素材で、いろいろな種類がある。直径は、髪の毛の十万分の一でDNAに近い一ナノ・メートル(ナノは十億分の一)から百ナノ・メートルまで、長さは数マイクロ・メートル(マイクロは百万分の一)程度。原子層も複数の「多層」と「単層」に分かれる。
単層ナノチューブは面白い性質を持ち、究極のナノチューブと思う。原子のつながり方しだいで、電気を通したり半導体になったりするし、ダイヤより強い。
一ナノ・メートルのチューブで配線すれば、コンピューターを非常に小さくできる。二十―三十年後のコンピューターはすべてナノチューブの回路だろう。近い将来の応用としては次世代の大型テレビ画面として開発が進むフィールド・エミッション・ディスプレーの素子などに使われると思う。
有望な素材だが、作るのは大変で、世界中で競争が繰り広げられている。以前はレーザー光やアーク放電を使った製法が主流だったが、最近はいろいろなガスの材料を金属触媒で反応させるCVDという製法が盛んだ。しかし、危険な方法で不純物が多い。
メタンガスなどを使うことが多いが、アルコールなら、不純物が少なくきれいな単層チューブができることを約三年前に発見した。表面にミクロの穴が無数に開いたゼオライト粉末に、アルコールで溶かした金属触媒をまぶして電気炉で加熱する方法で、低温で簡単に作れる。
できたものを電子顕微鏡で観察すると、一ナノ・メートルサイズの筒が束になっていた。これほど高純度のチューブは世界で初めてだ。
これからは、ナノチューブをどうきれいに並べて使えるようにするかが勝負。石英板の表面に金属触媒を付着させる簡単な方法で、一ナノ・メートルサイズの無数の束を垂直に並べることに最近成功した。光通信用ファイバーの先端に付けてスイッチにすれば、高速のパルスレーザーを出せる。近い将来には幅広い分野で実用化されていると思う。

東京大工学部舶用機械工学科卒。1988年同大学大学院工学系研究科機械工学博士課程修了。米ライス大客員研究員などを経て93年から現職。04年東京テクノフォーラム21ゴールド・メダル賞受賞。44歳。
写真=受賞者の講演を熱心に聞く参加者(9月22日、読売大阪ビルで)
写真=神経幹細胞バンクでは、クリーンルーム内で幹細胞の培養作業が行われる(産業技術総合研究所関西センター提供)
写真=ES細胞をマウスの皮下に注射すると、腫瘍ができる
写真=丸山助教授が作製したカーボンナノチューブ。1本の太さは1ナノ・メートルほどだ
写真=岡野栄之氏
写真=山中伸弥氏
写真=丸山茂夫氏
読売新聞社