第4部育てる(3)製品脱皮促す新素材――車や通信、軽く的確に(ハイテク近未来図)
2004/ 02/ 25日経産業新聞p.9 1336字


 新素材が生まれ育つと、既存の製品や技術が一変する。 ミズノが一月に発売した高級ゴルフクラブ。このクラブには秘密がある。ナノテクノロジー(超微細技術)の代表的な材料、カーボンナノチューブ(筒状炭素分子)で作った高強度樹脂を使っている。 この高強度樹脂は昭和電工製。チタンの半分の厚みで同程度の強度を保つ。チタン製に比べてクラブの重心が低く、ボールが高い弾道を描いて十ヤード遠くまで飛ぶようになった。 ナノチューブは、炉の中に入れた金属触媒に炭素を含むガスを吹き付ける化学的気相成長法で作る。ナノチューブの直径をそろえ、金属やススなどの不純物を極限まで減らすために、炉内部の温度を精密に制御することなどが必要になる。ただ、非常に高価になり応用製品が限られてしまう。 応用を広げようと昭和電工は新しい成長法の開発に取り組んでいる。目標は多少の不純物が含まれても、ナノチューブを安価に合成することだ。 目指す市場は自動車分野。軽量な車体やタイヤが実現し、燃費が大幅に向上すると期待されている。「現在の高価なナノチューブでは、自動車向けの大量に使う道は開けない」(昭和電工の市瀬正雄企画管理グループ長)と説明する。 新素材の登場は既存の製品の脱皮を促し新市場も生み出す。炭素の層が一層だけの単層ナノチューブ。多層タイプにはない性質をもち、新たな製品も作られている。 光学素子開発ベンチャーのアルネアラボラトリ(埼玉県川口市、増田義雄社長)は一月、〇・三ピコ(ピコは一兆分の一)秒の瞬間的なレーザーを放つ素子を発売した。光合成などの生命現象が分子レベルで観察でき、微細加工にも使える。産業技術総合研究所や東京都立大学と共同開発した。 ナノチューブは通常光を吸収するが、強い光が当たると光を通す透明な素材になる。瞬間的に吸収する素材に戻り、〇・三ピコ秒のレーザーを発振する。ナノチューブの光学性質を活用する初めての実用例だ。 光通信の信号伝達を的確にするノイズ除去素子などへの応用を目指すが、ナノチューブの成長を自在に制御することが課題だ。東京大学の丸山茂夫助教授は「年内にメドがつく」と語る。 ダイヤモンドも期待される炭素系素材。ダイヤを人工的に結晶成長させる研究が盛んだ。高い圧力をかける「超高圧法」と、メタンなどのガス中にプラズマ(電離ガス)を発生させて成長させる「気相合成法」の二つが実用化されている。 人工ダイヤは円板状のダイヤ基板を作り出せるのが特徴。この基板をもとに、紫外線レーザー素子や電波フィルターなど様々な機能素子が研究されており一部で実用化段階に入っている。「ダイヤ素子に関しては日本が圧倒的に強い」(ダイヤ大手の住友電気工業)。日本で育ったダイヤ素子が巣立つ日も近い。 炭素系材料は人類の暮らしを豊かにしてきた。エジソンは竹炭を使った電灯を発明し近代文明の発展に貢献。二十世紀に登場した炭素繊維は、軽量で強い素材として人類を宇宙に導いた。ナノチューブなどの炭素系材料が育てば新たな文明にもつながる。信州大学の遠藤守信教授は「エネルギーを節約し、自然と融合する文明に必要な素材」と期待する。(横山聡)【図・写真】ナノチューブで作った高強度樹脂を使ったゴルフクラブ