東京大学助教授丸山茂夫氏――ナノチューブを低温製造(顕微鏡)

2003/08/25 日経産業新聞 P.9 1284字


アルコールで単層構造
 この一年、ナノテクの世界で最も名前が知れ渡った若手研究者が東京大学助教授の丸山茂夫(43)である。カーボンナノチューブ(筒状炭素分子)を手がける三井物産や東レに技術協力するなど引っ張りだこだ。
 各社が注目したのは、アルコールを原料に単層のナノチューブを合成する丸山の独自技術だ。耐熱性が高く、不純物が少ない高品質な単層ナノチューブの合成手法として知られる。
 単層ナノチューブはナノチューブの中でも筒状の炭素が一層だけでできたものをいう。電気や熱を最も流す究極のナノテク材料。金属のようによく電気を通すようにもなるし、半導体にもなる。
 一方、多層のナノチューブはすべて金属のような性質で、半導体ではない。このため、単層ナノチューブは現在のコンピューターより百倍以上高速に計算できる大規模集積回路(LSI)を実現するうえでカギになる。
 丸山の技術が登場するまで、単層ナノチューブの合成にはセ氏八百度以上に加熱する必要があった。LSIなどに単層ナノチューブを利用する場合は、金属配線などを施した基板上にナノチューブを合成しなければならず、配線を傷める欠点があった。
 丸山の技術は炭素の供給源となるアルコールが持つ酸素が余分なススと反応するためセ氏六百度での低温合成が可能になった。
 高品質の単層ナノチューブの低温合成に成功した丸山だが、当初の狙いは直径のそろったナノチューブを作り、電気的性質を制御することにあった。
 丸山が挑戦したのは、フラーレン(球状炭素分子)を原料にナノチューブを合成する手法だ。フラーレンは炭素原子六十個がサッカーボールの模様状に結びついた分子。「直径がそろった均質な原料を使えば直径と電気特性を制御できるのでは」と考えたからだ。
 二〇〇一年秋、名古屋大学教授の篠原久典のもとに通い、多孔質材料のゼオライトを使ってナノチューブを合成する技術を学んだ。東大に戻り、金よりも高価だったフラーレンを原料にナノチューブの合成を試みたが、できたのは多層タイプばかり。
 実験がうまくいかず、落胆していた同年末、分析データを詳しく調べるとゼオライトの表面で単層ナノチューブがまばらに合成できているのを発見した。しかも炭素の滑らかな層が見える高品質のナノチューブに仕上がっていた。
 度重なる失敗の経験から「フラーレンが原料ではないはずだ」と考えた。実験を担当した学生と議論しても答えは出なかったが、再現実験を繰り返して突き止めた。ゼオライトの穴の中にアルコールが乾燥せずに残っており、ナノチューブの原料になっていたのである。この発見から丸山は独自の合成法を開発することに成功した。二〇〇二年のことだ。
 丸山は現在、半導体と金属のナノチューブを作り分ける研究に力を入れている。「二―三年後には実現したい」という。三井物産のナノテク研究子会社CNRIの社長である加藤誠は「ここ数年に登場したナノ炭素材料の研究者の中で一番の注目株」と評する。丸山への期待はさらに高まっている。=敬称略
(横山聡)


【図・写真】触媒金属からナノチューブが成長するイメージ図