FT-ICRによるフラーレンの質量分析

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このテーマの内容
フラーレンの生成機構を探るために、レーザー蒸発超音速膨張クラスターソースとFT-ICR質量分析装置とを組み合わせて、フラーレン生成の前駆体となる炭素クラスターについての詳細な検討を行う。これらのクラスターの質量スペクトルとレーザーによる解離の過程からこれらの安定性や反応性について検討する。また、この結果を大量合成法であるアーク放電法フラーレン生成法での反応と比較する。
[フラーレンとは?]
[FT-ICRとは?]
[スペクトルを得るには?]
[実験装置概略]


フラーレンとは?
C60・C70等の閉じたケージ状の炭素分子はまとめてフラーレンとよばれ、ダイアモンド、グラファイトに続く炭素の第三の同素体であると位置づけられている。炭素同素体の中ではフラーレンのみが有機溶媒に溶け赤紫色に着色する。また金属をケージの中に含むフラーレンや、バッキーファイバー(カーボンナノチューブ)と呼ばれる筒状のフラーレンも発見されている。Fig.1にこれらの代表的なフラーレンの模式図を示す。
Typical Structures of Fulleren
Fig.1 Typical Structures of Fullerene


FT-ICRとは?
FT-ICR(Fourier Transform Ion Cyclotron Resonance)質量分析は強磁場中でのイオンのサイクロトロン運動に着目した質量分析手法であり、原理的に10,000amu程度までの大きなイオンの高分解能計測が可能である。その心臓部であるICRセルの概略をFig.2に示す。内径42mm長さ150mmの円管を縦に4分割した形で、2枚の励起電極(Excite)と2枚の検出電極(Detect)がそれぞれ対向して配置され、その前後をドア電極(開口22mm)が挟む。一様な磁束密度Bの磁場中に置かれた電荷q、質量mのクラスターイオンは、ローレンツ力を求心力としたイオンサイクロトロン運動を行うことが知られており、イオンの速度をv、円運動の半径をrとするとmv2/r=qvBの関係より、イオンの円運動の周波数はf=qB/2pmとなり、比電荷q/mによって決まる。
Schematics of ICR cell
Fig.2 Schematics of ICR cell.


スペクトルを得るには?
質量スペクトルを得るためには、クラスターイオン群に適当な変動電場を加え、円運動の半径を十分大きく励起したうえで検出電極間に誘導される電流を計測する。例として、Fig.3に励起波形と後述のフラーレン混合物を励起したときの検出波形(2枚の検出電極を差動アンプで増幅したもの)を示す。励起波形としては周波数平面での任意の形を逆フーリエ変換して求めるSWIFTという方法を用いて10kHz〜900kHzの範囲を励起した。その直後に観察された検出波形(50ns幅で50msサンプリング)は30ms程度の間続いており、これのフーリエ成分から、C60(123.8kHz)に対応するピークが明瞭に観察される。
なお、イオンの半径方向の運動がサイクロトロン運動に変換され、さらに軸方向の運動をドア電極によって制限されるとイオンは完全にセルの中に閉じこめられる。この状態で、レーザーによる解離や化学反応などの実験が可能である。
Example of Excite and Detect waveforms
Fig.3 Example of Excite and Detect waveforms.


実験装置概略
Fig.4に実験装置の概略を示す。フラーレンを含めた各種原子クラスターを生成できる小型のレーザー蒸発・超音速膨張クラスター源からのクラスターイオンビームを6Teslaの超電導磁石内のICRセルに直接導入する方式である。ICRセルは内径84 mmの超高真空用ステンレス管(SUS316)の中に納められ、この管が超電導磁石を貫く設計となっている。ICRセルは両側のターボ分子ポンプ(300l/s)によって、背圧3×10-10Torrの高真空が実現できる。また、クラスター源でイオンビームを生成した後にはヘリウムとともに超音速で飛行するクラスターイオンを減速する必要があり、パルス電圧の印加可能な減速管を有する形となっている。
励起電極には、パソコンで計算した励起信号を任意波形発生器から入力し、検出電極の出力は差動アンプとデジタルオシロを介してパソコンに取り込む。ICRセルの前方には、一定電圧に保つFront Doorと、クラスタービーム入射時にパルス的に電圧を下げイオンをセル内に取り込むScreen Door、後方にはBack Door電極を配置してある。それぞれ±10Vの範囲で電圧を設定でき、減速管で減速されたクラスターイオンのうち、Front Doorの電圧を乗り越えてBack Doorの電圧で跳ね返されたものがセル内に留まる設計である。
FT-ICR Mass Spectrometer
Fig.4 FT-ICR (Fourier Transform Ion Cyclotron Resonance) Mass Spectrometer


質量分解能

極めて高い質量分解能を持つのがFT-ICR質量分析の特色の一つである.

下の図は,炭素とスカンジウム(Sc)の混合試料から生成した混合クラスターの例である.

横軸を拡大していくと炭素の同位体分布が明瞭に測定されていることがわかる.

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Number of Carbon Atoms or Atomic Mass Unit


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